「企業」と「現場」をつなぐ視点を
~阿久津靖子氏が考えるロボット介護機器の現在と未来~
=前編=
超高齢化社会へと突入していく日本。将来的な介護人材の不足という大きな問題に直面する状況のなか、その解決策の一つとして、介護の現場へのテクノロジーの導入、特にロボット介護機器の活用に大いに注目が集まっています。
今回、介護ロボットポータルサイトでは、ヘルスケアデザイン、医療・介護機器評価の第一人者である阿久津靖子氏にインタビューを行い、ロボット介護機器開発の心得やヒントとなる考え方について伺いました。インタビューの内容を前編・後編の2回にわたって掲載します。
【阿久津靖子氏略歴】
津田塾大学学芸学部卒、筑波大学大学院理科系修士環境科学研究科修了
1982年:GKインダストリアルデザイン研究所入社後、製品開発コンセプトプランニング、博覧会コンセプトプランニング、まちづくり基本計画等に従事。その後数社で商品企画開発(MD)及び研究、店舗立上げ、ヘルスケアデザイン事業コンサルティング業務を担当
2012年:ヘルスケア分野のデザインリサーチファームとして株式会社MTヘルスケアデザイン研究所を創業。デザイン思考による製品・サービスの開発、現場導入を提唱
2017年:NPO法人Aging2.0 Tokyo chapter Ambassador就任
2018年:一般社団法人日本次世代型先進高齢社会研究機構(Aging Japan)を設立
2019年:千葉大学附属大学病院患者支援部特任准教授就任
【役職等】
株式会社MTヘルスケアデザイン研究所所長
一般社団法人 日本次世代型先進高齢社会研究機構(Aging Japan)代表理事
千葉大学附属大学病院患者支援部特任准教授
※写真はご本人提供
両親との別れを経てAging-techの世界へ
―― 阿久津先生はロボット介護機器の普及に精力的に活動されている印象があるのですが、先生がロボット介護機器に携わるようになった経緯をお聞かせ下さい。
もともとは、大学院を卒業後、GKデザインというデザイン事務所でデザインリサーチをしていました。色々な会社のマネジメントや商品計画に関わる仕事をさせていただいた後、ヘルスケアに特化した会社である株式会社MTヘルスケアデザイン研究所を立ち上げました。ヘルスケアデザイン(※1)という分野はなかなか理解しづらいと思いますが、健康まちづくりの企画、介護機器・医療機器のプロダクトデザイン、他にはITサービスのビジネス立ち上げやコンサルティングを行っています。その後、Aging2.0(※2)のTokyo Ambassadorを務めるようになり、Aging-techについて海外との交流を行うようになりました。
※1:デザイン思考とは「製品を使うユーザのニーズにあったものや解決策をつくること」と言われる。ヘルスケアデザインでは、この思考法を活用し医療現場や介護現場で活用されるサービスの創出を行う。
※2:「Aging2.0」は、高齢化に関連する社会課題に対するイノベーションを創出・促進することを目的として、2012年に設立されたNPO法人。(https://www.aging2.com/)
―― 介護の分野に特化したきっかけは何だったのでしょうか。
きっかけは、自分の母と父をたて続けに亡くしたことです。特に母の場合は自宅での突然死で、警備会社によって発見されるという状況でした。父のいなくなった広い家で独りでご飯を食べていたのかと思うと今でも心が痛みます。その経験もあって、一人暮らしの高齢者のために何かできることはないかという思いから始まって、海外との交流を行うようになり、Aging-techの分野に入り込んでいったという経緯になります。
―― ご両親のことがきっかけということですね。
そうですね。そしてもちろん自分自身の事もあります。自分が年老いた時のことを考えると、テクノロジー無しでは生きていけないと思ったので、自分事としても「ヘルスケア×テクノロジー」の領域に携わっています。
ロボット介護機器はなぜ普及しないのか
―― 先生は、ロボット介護機器の現状をどのようにお考えでしょうか。
介護においてはこれから人材不足がより深刻になりますし、そうなった時に人に頼る介護方法だけは成り立ちません。この状況を何とかするためにロボット介護機器というのは非常に重要な役割を担っていると思います。ただ、現状においてはロボット介護機器の普及が人材不足拡大のスピードに追い付いていないという状況かと思います。
―― 介護者の人材不足というのは大きな社会課題ですね。
そうですね。しかし、ロボット介護機器は、その役割に大きな期待が寄せられる一方で、現場で使われる製品開発を成功させることは難しく、より普及させていくためには開発事業者も介護現場も工夫が必要だと思います。
―― ロボット介護機器の普及を進める上で、現在の課題点はどのようなものでしょうか。
「開発する側が現場のニーズを適切に汲み取る」という点だと思います。ロボット介護機器が徐々に現場で使われ始めている一方で、現場のニーズを十分に反映しきれていない製品が現場に持ち込まれ、そうした機器は結果として本格的な運用に至らないという例が非常に多いです。ロボット介護機器の普及を妨げている大きな要因のひとつだと思います。
ロボット介護機器開発のポイントとは
―― そのようなニーズを汲み取り最終的に現場で使ってもらうための製品開発のポイントなどはありますか。
大別して考えると、2点あると思います。まず1点は「介護現場を巻き込んだ開発ゴールの設定」と、もう1点は「使いやすさの重視」です。
―― 1点目の「介護現場を巻き込む」ことの重要性を教えてください。
大切なのは、開発する機器によって誰のどの場面での動作をサポートしたいのかということを明確にすることです。現場の意見無しにゴールを設定すると、「こんなロボットがあれば良いのではないか」という想像上の課題を設定してしまうことになり、そのような機器は結果として普及しません。デンマークなどの海外では「解決するべき課題は何か」というところから現場の当事者と共同で設計・開発をスタートさせていることが多い印象ですね。
―― 製品設計に現場も巻き込むとなると、今よりも時間や労力がかかりそうですね。
開発事業者が「現場のニーズ」をもとに製品開発のゴールを設定するように意識を変えることは欠かせませんが、一方で、現場ニーズとの調整が大変なことも事実です。だからこそ、現場の事情も、開発側の事情もある程度理解できていて、両者の意見を調整しながら製品開発を上手く進められるコーディネーターのような役割の存在も、ロボット介護機器をより普及させていくためには必要だろうと思います。
―― 「コーディネーター」ですか。
海外の事例ですが、カナダのトロントに本部を置くCABHI(キャビー、※3)というNPOがあります。彼らはテクノロジーによって高齢化問題の解決に取り組む活動をしており、介護・医療の現場の関係者が牽引するかたちで開発事業者とコラボレーションしています。まずは現場のニーズありきです。CABHIのメンバーは介護・医療の現場のニーズを明確にして、開発事業者と共にものづくりができるように、彼らにデザインシンキングやデザインスプリントなどを学ぶ機会を与えながら、メンタリングを行っていきます。そのようにして介護・医療の現場にコーディネーターのような役割を担う人材を育成し、ビジネスに繋がるよう展開していくことがCABHIの役割です。一方で、実際に介護現場を巻き込んで機器の試作改良を行うようなコンサルティングサービスも行っています。介護する人だけでなく介護される人の意見も反映した「現場の総合評価」をもとに製品を改良していく好循環を生み出しています。
―― コーディネーターが果たす役割は重要ですね。
企業が介護施設との窓口を持ちつつ、製品評価を行えるようにするというのは、製品開発を主たる業務とする企業において難しい面があります。中小企業ではなおさらです。そこで企業からの現場評価に関する需要を一手に引き受け、仲介と代行をする組織が行政や民間の中から出てくることが求められています。
※3:CABHI, Centre for Aging and Brain Health Innovation (https://www.cabhi.com/)
CABHI本部の様子(※写真はご本人提供)