Interview

「企業」と「現場」をつなぐ視点を
~阿久津靖子氏が考えるロボット介護機器の現在と未来~
=後編=

超高齢化社会へと突入していく日本。将来的な介護人材の不足という大きな問題に直面する状況のなか、その解決策の一つとして、介護の現場へのテクノロジーの導入、特にロボット介護機器の活用に大いに注目が集まっています。
今回、介護ロボットポータルサイトでは、ヘルスケアデザイン、医療・介護機器評価の第一人者である阿久津靖子氏にインタビューを行い、ロボット介護機器開発の心得やヒントとなる考え方について伺いました。インタビューの内容を前編・後編の2回にわたって掲載します。

使いやすいロボット介護機器の開発とは

―― ロボット介護機器開発には重要なポイントが2つあり、1つは「介護現場を巻き込んだ開発ゴールの設定」ということでした。もう1つの「使いやすさの重視」というのはどのようなことでしょうか。

せっかく開発されたロボット介護機器が現場で使われなくなってしまう原因として、「便利にしようと機能を多く搭載してしまった結果、使い方が分かりにくくなる」ということも挙げられると思っています。


―― 多機能・高性能なロボットがあれば良いというわけではないのですね。

そうです。これもやはり明確なゴール設定の重要性につながりますが、「開発側の持てる技術を全て搭載すること」が製品開発の主目的になってしまい、結果として完成品の使い勝手が悪くなるということがよくあると思います。特に日本では、多機能を備えた機器の開発を目指してしまうケースが多いように感じています。


―― どうすれば現場でも使いやすい機器を開発できるのでしょうか。

それは、余計な機能をそぎ落とすというステップを踏むことです。多機能だと使用方法の選択肢が増え、複雑になりやすいです。そうではなく、使用目的や使用方法がはっきりしている製品の方が現場では重宝します。そのためには、必要最低限の機能は何かということを特定することで、余計な機能を無くしていくことが必要です。そこで、前段の話になりますが明確なゴール設定が非常に重要になってきます。 機能を削るというのは非常に勇気がいる工程ですが、ゴールを明 確にすることでそれが可能になってきます。実際にそのようなステップを踏んで製品開発を成功させた事例として、株式会社FUJI(※4)の例が挙げられると思います。彼らは最初に作ったサポートロボットの試作品から、デンマークで試験を重ね、不要な機能をそぎ落として移乗に特化したロボットに完成させたそうです。このように、試作品から現場のフィードバックを獲得し、必要な機能に絞っていくという工程に取り組んでいる日本の開発事業者は少ないと思います。
※4:株式会社FUJIの移乗サポートロボット「Hug」 (https://www.fuji.co.jp/about/hug/

株式会社FUJIの移乗サポートロボット「Hug T1」

介護現場における「問題の根本は何か」を発見する視点を養う

―― 現場からのフィードバックを開発製品に反映させることが大切ですね。

そうです。しかし、一方で、介護現場を見たときに、ロボット介護機器の開発事業者へのフィードバックが不十分になってしまっているという課題もあると思っています。


―― ロボット介護機器を使う側である、介護現場の課題ですか。

現在の日本の介護現場では、自分たちの業務の中でどんな作業に不便を感じていて、どこにロボット介護機器をはじめとしたツールを取り入れる余地があるのかを考えるための「現場としてのニーズを創出する力」が不足している側面があると思っています。


―― 現場としてのニーズを考えるという作業も簡単ではないのですね。

ニーズというと、ただ現状での不便や不満を言語化したものであるように捉えられることがありますが、それは違います。デンマークの事例で感心したことは、介護をする人たちが常に「問題の根本は何か」を発見しようとする視点を身につけているところでした。問題の根本原因を探っていき、そこにテクノロジーの利用などによってカバーできる余地がないかを考えています。こうした考え方は日本ではあまり浸透していないものだと思いますが、現場環境を改善していくためには非常に重要な姿勢です。こうした姿勢が日本であまり育たなかった原因は、日本の介護業界における文化的背景もあるように思います。日本では、多少の問題は現場担当者が「なんとかする」文化が根付いており、そこに加えて、人の手で行ってこそ心のこもった介護であるという思い込みが存在します。介護現場で「テクノロジーに任せられること」と「人にしかできないこと」の整理ができていないために、テクノロジーを利用できる余地を見出す、ニーズを考えるといった思考が閉ざされてしまうのかなと感じています。

介護人材育成プログラム見直しに取り組む

―― 文化の変革という意味で、教育は非常に重要な位置付けにあると思います。阿久津先生は千葉大学でメディカルイノベーション戦略プログラムや介護DX人材育成プログラムのプロデュースと講義を担当されていますが、そこではどのような取り組みをされているのでしょうか。

介護業務の初任者研修のプログラム開発に取り組んでいます。元々の初任者研修のプログラム内容は多くの「実習」を重ねるものであり、現場の属人的な対応を重視していました。現在はその方式を抜本的に変えていくということに取り組んでいます。


―― 具体的にはどのように内容を変えていったのでしょうか。

介護現場にテクノロジーを導入していくトライ&エラーの過程を実践し体験してもらっています。本年度のプログラムでも、一部テクノロジーを導入して介護業務を代替してもらい、こうしたテクノロジーによる現場改善を体感してもらう一方、様々な介護機器が実際に現場で役立つものかどうかを評価するためのフレームワークを考えるという実習も行っています。


―― 介護現場が自ら適切なニーズを伝えることで、より実用性の高いロボット介護機器の開発につながるということですね。

そうですね。介護現場が自分たちのニーズをはっきりさせていないと、開発事業者は誤ったニーズをもとに機器を開発してしまいます。そうなると結果的にロボットが使われず、現場改善も進んでいかないという悪循環に繋がります。このような状態に陥らないためにも、現場で介護をする人がテクノロジーを使って改善できそうな点を常に探すという姿勢を身に着け、開発事業者に伝えることができるようになれば理想的ですね。

介護を受ける人の自立を促すロボット介護機器の開発を

―― ロボット介護機器が抱える課題について開発事業者と介護現場の両面からお話しいただきました。これから介護機器業界に参入しようとする事業者も多いと思いますが、そうした新規参入事業者はどのようにロボット介護機器に関わっていくべきでしょうか。

やはり、開発事業者には現場を見てほしいと思います。そして「誰の何をサポートしたいか」というゴールを明確にすることが重要です。さらにこれからは、介護する側のための機器という考え方ではなく、介護を受ける人の自立を促す機器がより必要とされると思います。


―― 介護を受ける人の自立を促す機器とはどういうことでしょうか。

今の日本では、介護における問題というと介護をする人の負担が挙げられることが多いです。デンマークとの考え方の違いが印象的なのですが、例えば転倒防止見守り機器の利用メリットとして、日本では「介護負担が減ること」を挙げるのに対し、デンマークでは「それまで恐る恐る立ち上がっていた人が、見守られている安心から自信をもって立ち上がるようになった」という点を挙げるのです。日本では介護人材の不足や職場環境の問題が顕在化しているため仕方がない部分もありますが、将来的には介護する側の視点からではなく、「介護を受ける人がより高いモチベーションを感じて生きていくためのロボット介護機器」という考え方が広がっていくことを望んでいます。


<おわり>