Interview

「日本がいてくれてよかった」と思われる技術を目指して——CYBERDYNE×TANOTECHが語る、介護テクノロジーの海外進出と日本の未来

少子高齢化が進む日本において、介護ロボットの開発は喫緊の課題だ。しかし、その道のりは決して平坦ではない。製品開発における技術的な課題はもちろん、現場への導入や海外展開においても、さまざまな壁が立ちはだかる。

装着型サイボーグ「HAL®」を開発するCYBERDYNE株式会社と、リハビリテーション/レクリエーション支援システム「TANO」を展開するTANOTECH株式会社は、いずれもAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の開発支援事業に採択され、革新的な介護ロボットの開発・普及に取り組んできた。「HAL®」と「TANO」の連携プログラムの提供なども行い、これまで協力しながらその可能性を広げてきた2社。今回は、CYBERDYNE 特任役員 営業本部長の安永好宏氏と、TANOTECH代表取締役の三田村勉氏に、これまでの歩みと海外進出に向けた今後の展望を語っていただいた。

身近な課題との出会いから始まった挑戦

——まずは、おふたりが介護テクノロジーの業界に携わるようになったきっかけから、改めて教えていただけますでしょうか。

三田村勉氏(以下、三田村):私の場合は、母が認知症になったことがきっかけでした。当時40歳で、母の介護をしながら働くには自分で会社を起こすしかないと考えました。もともと鉄道関係のシミュレーターなどをつくっていたので、その技術を使って認知症の方や介護施設に役立つものができないかと思ったんです。

そこで開発したのが、モーションセンサーを利用した福祉・介護・教育現場向けのゲーミフィケーションテクノロジーである「TANO」です。

開発を始めた当初は認知症だけに目を向けていたのですが、介護の現場に入っていくうちに、障害を持つ人たちや、病気を抱えた子どもたちなど、さまざまな課題を抱える人たちの存在に気づかされました。例えば、体がうまく動かせない子どもたちも楽しく一緒に遊べるシステムを、私たちの技術であれば実現できる。CYBERDYNEさんなら生体電位信号を活用した技術で実現できる——そういった可能性も見えてきたところです。

安永好宏氏(以下、安永):私は前職で福島県の喜多方市に勤めていました。喜多方市は、当時から高齢化率が30%近くあり、これから若い世代がどのように社会保障を負担していけるのか、課題を感じていて……。そんな時に、テレビで「HAL®」のことを知ったんです。これなら高齢者が長く働ける環境を実現できるのではないかと開眼し、2008年にCYBERDYNEへの転職を決意しました。

当時、CYBERDYNEは上場を見据えていたタイミングで、米国公認会計士の資格を持っていた私は、上場準備や資金調達の担当からスタートしました。その後、営業を担い、HALのトレーニング施設であるロボケアセンターグループの代表も担いながら、幅広くその展開に携わるようになりました。そうして現場に出て利用者の方々と接するなかで、医療や介護の分野により深く関わりたいと、大学院で博士(医学)も取得しました。17年前には、ここまでどっぷりこの業界に携わっていくとは思いもよらなかったですが、それくらい、やりがいのある業界だと感じています。

(写真:CYBERDYNE・安永好宏氏)

競合ではなく、連携による価値創造へ

——おふたりは8年前からの付き合いとうかがいましたが、どのような経緯で出会われたのでしょうか。

三田村:そもそものきっかけは、2013年に「湘南ひらつかテクノフェア」という展示会に出展したことです。その会場で向かい側に出展されていたのがCYBERDYNEさんだったんです。そこで同社代表の山海嘉之教授が黒岩祐治 神奈川県知事と対等に話をされていて。もちろん、山海教授はサイバニクス(註1)を確立し日本の介護テクノロジーの可能性を切り開いてきた第一人者ですから、憧れもあったと当時に、当時はTANOを開発して半年ほどで、「いつか自分も知事と話せるような立場になれたらいいな」と思いながら見ていたんです。その後、藤沢にあるCYBERDYNEさんのロボテラスに展示をさせていただく機会があり、接点が生まれていきました。

安永:一度、三田村さんが山海に会いに筑波まで来てくれたことがありまして。私はその時が初対面だったんですが、面会時間まで少し時間があったので、筑波山に一緒に登ったんですよ。三田村さんはスーツで来られていたのに(笑)。でも登山をしながらいろいろと話をしていたなかで、TANOがHALと一緒に使うと親和性が高いことに気づいたんです。特に共通していたのは、長い時間、病や障害と向き合っている人たちに楽しんでもらいたいという思いでした。

(写真:CYBERDYNEとTANOTECHの連携がスタートするきっかけとなった筑波山にて)

三田村:あの登山は忘れもしません。すれ違う人みんなに、変な目で見られて(笑)。でも、その時撮影した映像を使って、その場でTANOの新しいコンテンツをつくらせていただきました。

安永:三田村さんは、経験を無駄にしない人なんですよ。結果、今では全国18カ所のロボケアセンターでTANOを活用しています。HALによる機能訓練とTANOによる運動プログラムを組み合わせることで、利用者の方々が楽しみながらリハビリを継続できる環境をつくっているんです。

特に面白い取り組みとして、筑波、大阪、神戸のロボケアセンター間でTANOを使ったネット対戦を実施していまして。普段は車椅子の方でも、この対戦になると一生懸命体を動かす。スタッフも「こんなに動けるの?」と驚くほどです。あの時に感じた高い親和性は、実証されています。

(写真:HALを装着し、TANOを楽しむ連携リハビリテーションの様子)

(註1)サイバニクス:
サイバネティクス、メカトロニクス、インフォマティクスを中核として、脳科学・神経科学、運動生理学、ロボット工学、IT、再生医療、行動科学、倫理、安全、心理学、社会科学など、さまざまな学術領域を融合複合させた包括的な学術分野。山海教授が確立した新しい学術分野であり、この技術によってHALが開発された。

世界が求める日本発の介護テクノロジーを目指して

——両社ともに海外展開についても積極的にチャレンジされています。現在の取り組みなどについてもお話しいただけますか。

安永:直近のトピックとしては、マレーシアでの展開が特に順調です。マレーシア政府の後押しがあり、700床規模の施設にHALを導入いただき、TANOも併せて導入してもらいました。マレーシアはASEAN地域で初めてHALを導入した国で、「ニューロロボティクスリハビリテーション・サイバニクスセンター」という拠点も設置されるなど、この分野にかなり力を入れている国でもあります。

面白いのは、マレーシアの政府関係者が他のASEAN諸国に対して、私たちの製品を紹介してくださることです。インドネシアやインドの保健省との面談にも、マレーシアの省庁の方が同席してくださったりして。日本ではなかなかこういったことは難しいのですが、海外では技術の価値を認めていただければ、積極的なサポートをいただけるんだなと驚いています。

(写真:マレーシアの施設でもまた、HALとTANOが連携リハビリテーションで活用されている)

三田村:私たちは2018年から本格的に海外展開をスタートしました。それまでは国内事業が中心でしたが、日本展示会に訪れていた海外の方々から「欲しい」という声を多くいただいたんです。日本では補助金が降りたら「TANO」を導入するという傾向が強いのですが、海外では良いものは即座に採用を決断してくれます。

特に香港では現地の基金制度と合致したこともあって、スムーズに導入が進みました。一方で、海外進出のハードルとなったのが、代理店選びです。例えば中国では代理店同士の争いが起きたり、台湾では当初パートナーだった企業がデモ機を高値で転売していたことが判明したり。でも、そういった経験も含めて、海外展開のノウハウを蓄積できていると思います。

(写真:台湾で行われた展示会の様子。TANOのブースにも多くの人が訪れた)

マレーシアについては、CYBERDYNEさんの活動のおかげで、現地の大臣の方々に安永さんがTANOを紹介してくださるなど、思いがけない展開をいただいています。まだ私自身はマレーシアに行ったことはありませんが、そうした情報や機会をいただけることは、小規模企業にとって大変ありがたいことです。

安永:「紹介しておいたよ」って、後から写真を送ったりしてね(笑)。

三田村:CYBERDYNEさんのように、日本のこの業界を牽引して、私たちのような企業も一緒に引っ張っていっていただけるのは本当にありがたいことだなと感じています。まだまだ介護テクノロジーの分野は参入企業も限られていて、その歴史も浅い分、標準となるデータもほとんどありません。だからこそ、協力できるところや、分かち合えるところでは結束して、技術力を底上げしていくという姿勢が重要だなと感じています。

安永:もちろん、競合となってしまうと難しいことも出てきてしまうのですが、どこか一社が必要なすべての技術をつくっていけるわけではないですから、TANOのように、特に親和性の高いものについては、一緒に開拓していけることが私たちにとってもメリットになるんです。

——最後に、後進の企業に向けてアドバイスをいただけますでしょうか。

三田村:まず、国際福祉機器展は日本でもアジア最大の展示会なので、そこで海外対応力を試してみることをお勧めします。また、北京や韓国、香港の展示会にも足を運んでみてください。日本の展示会だけ見ていると、世界の潮流が見えなくなってしまいます。

(写真:TANOTECH・三田村勉氏)

もうひとつ大事なのは、教育との連携です。私たちは学生にゲーム開発を依頼していますが、そうすることで彼ら自身も高齢者の体の動きや認知機能について自然と学んでいきます。恥ずかしい話なのですが、私は母が認知症になって初めて、「認知症とはどういうものなのか」ということを知ったんです。

当時はなんでもっと早くからこの問題について向き合っていなかったんだろうかと悔やみました。ただ、多くの人は当事者になって、自分の身近な問題になってようやく知る、ということが課題なんですよね。例えば家族を介護する立場になって初めて気づいた、子どもを産んで初めて気づいた……では、時に遅いことがあります。社会の問題は高齢者だけに限らないですし、もっと早い段階でさまざまな問題、可能性があることを当たり前に感じることで、社会も、導き出される解決策も変わっていくのではないかと思います。

安永:私たちの経験からすると、まず国内にいるうちに海外での信頼できるパートナーを見つけることが重要です。その上で、海外では大使館なども含めた人脈づくりを進めていく。小さな企業ほど、そういったネットワークが重要になってきます。

日本には石油などの天然資源がありません。だからこそ、世界から必要とされるテクノロジーをつくっていくことに大きな意味がある。山海が言う「日本がいてくれてよかったと思われるテクノロジー」。それを目指して、これからも開発を続けていきたいと思います。

特に高齢化は、日本だけの問題ではありません。台湾、韓国、シンガポール、中国など、アジア各国も同様の課題に直面しています。だからこそ、日本の介護テクノロジーには大きな可能性があるのです。重要なのは、単独での開発や展開にこだわらず、さまざまな企業や機関と連携しながら、社会課題の解決に取り組む姿勢ではないでしょうか。



三田村勉(みたむら・つとむ)
TANOTECH株式会社代表取締役

1982年からプログラミングを始め、コンピュータ雑誌にショートプログラムを投稿。1999年から3Dシミュレータ等、楽しく学ぶシステムを多数開発。2012年、母の介護をきっかけに株式会社ラッキーソフトを起業。2018年、TANOに特化するためTANOTECH株式会社を設立。介護現場での実証を重ねながら、製品の進化を続けている。

安永好宏(やすなが・よしひろ)
博士(医学)
CYBERDYNE株式会社特任役員 営業本部長
湘南/大分/鈴鹿ロボケアセンター株式会社代表取締役
東京大学 医学部附属病院 老年病科 客員研究員
早稲田大学 人間科学学術院 非常勤講師
福島県立医科大学 リハビリテーション医学 非常勤講師
米国公認会計士/米国公認管理会計士

1974年生まれ。獨協大学経済学部経営学科卒業。タイコヘルスケアジャパン、オンセミコンダクターテクノロジーでの勤務を経て、2008年にCYBERDYNE入社。上場準備を担当後、営業部門へ異動。2015年に放送大学大学院修士課程修了。2019年より筑波大学大学院人間総合科学研究科疾患制御医学専攻。2024年1月より現職。