利用者に「安心」と「よりよいケア」を——
いとうまい子×善光会・宮本隆史が語る、テクノロジーを
使った介護の近未来
あらゆる業種において人手不足が叫ばれているなか、介護業界においても深刻度は年々強まっている。人手不足のなかでいかに生産性を向上し、被介護者への細やかなケアを維持するか。業界共通の課題のなかで、介護ロボットやICT機器の導入がひとつの課題解決法として注目を集めている。
今回は、介護ロボットやICT機器といった介護テクノロジー(以下、介護テック)を積極的に導入し、開発企業の実証・実用化や共同開発も行っている社会福祉法人善光会の理事・最高執行責任者・統括施設局長の宮本隆史さんと、早稲田大学博士課程で医療・福祉ロボットの研究に携わった、研究者・俳優のいとうまい子さんが介護テックの課題や、あるべき介護の姿を語った。
——善光会が運営する複合福祉施設「サンタフェガーデンヒルズ」では、介護テックを積極的に導入されていますが、そもそもはどういった背景からテクノロジーの導入に踏み切ったのでしょうか。
宮本隆史さん(以下、宮本):
少子高齢社会が現実のものになり、労働人口が減っています。今後は人の取り合いとなり、被介護者が右肩上がりに増えるなかで介護者が絶対的に不足すると予測されています。それを解消する手段として、介護業界全体がテクノロジーを導入する必要に迫らせています。
私たちの法人としては、2009年に動作補助装具「HAL」を導入したことが初めてとなりました。介護職員の「これを使ってみたい」という声がきっかけで導入を検討したものでしたが、職員の働きやすい環境をつくるための施策としてだけでなく、利用者の負担軽減にもつながっています。
――サンタフェガーデンヒルズは最先端のテクノロジーが集まる施設として、同業者からも注目されていると聞きます。いま介護の現場で導入されている介護テックにはどういったものがあるのでしょうか。
宮本:
介護ロボットでは、移乗ロボット「Hug」や、抱き上げ式の移乗をサポートする「SASUKE」を導入されている施設は多いのはないでしょうか。職員の足腰への負担の軽減や、介護を受ける利用者にとっての安心感につながるテクノロジーだと感じます。
また、利用者のベッドのマットレスの下に敷いて非接触の状態で利用者の睡眠状態やバイタルなどを別室でモニタリングする「眠りSCAN」などもよく知られたバイタルセンサーです。また、カメラ型の行動分析センサー「HitomeQ ケアサポート」などは利用者の転倒といった注意すべき動きがあれば、職員に連絡が入るような仕組みになっています。
いとうまい子さん(以下、いとう):
最先端技術が介護の現場に入ってきているのですね。私の母も介護施設に入っていましたが、利用する側としてはできるだけ普段通りの生活がしたいものです。マットレスの下に敷く非接触という優しい配慮があったり、居室のカメラも、普段と違う動きがあったときだけ施設側に連絡されたりと、利用者の過ごしやすさを考えた仕組みがとてもいいですね。
宮本:
介護サービスは、生活の場として提供するものです。不快感がなく、本人も家族もできるだけストレスがない環境をつくるのが、介護にかかわる側の役割ではないかと思うんです。ほかにも、利用者一人ひとりの排尿のタイミングを可視化する排泄予測支援機器「DFree」といった製品が誕生し、必要なタイミングで介助が入ることで、利用者も介護する側も負担が減るといったポジティブな効果が生まれています。
利用者にとって良い環境を作ることは、職員にとっても働きやすい職場づくりにつながっています。例えば「眠りSCAN」の計測データは、画面上で一括確認できるので、職員の見回りの負担も軽くなる。時間的・心身的な余裕が生まれることで、利用者とのコミュニケーションが活発になったり、利用者をお待たせしてしまう時間を減らしたりと、サービスの質の向上につながっていきます。
いとう:
居室で気づいたときには転倒していた…なんてことは、介護現場では少なからず起こってしまいますよね。そうしたときに、状況が分かるデータがあれば家族はとても安心できます。
宮本:
そうですね。当施設でいうと、家族への連絡手段も、さまざまなチャネルを活用しています。電話がいいという方もいますし、「着信が入っていると折り返すまでの時間が不安でたまらない」という理由で、チャットやメールでまずは状況を教えてほしい、という方もいます。テクノロジーを使うことにこだわっているわけではなく、いかに利用者やご家族に安心を届けるかが大事なことだと考えています。
現場を知ったからこそ気づけた未来のためにやるべき研究
――そもそもおふたりが介護・福祉分野に取り組まれるようになったきっかけはなんだったのでしょうか。
宮本:
私は、新卒で善光会に入りました。大学が福祉系の学部だったこともありますが、少子高齢化の加速で、この分野には明確な社会課題があると感じていたからです。千葉県の田舎の出身で高齢者と触れ合う機会の多い地域だったこともあり、介護分野で経験を積めば、地元に帰って仕事もできるかな、なんてことも考えていました。
いとう:
私は45歳で「世の中に恩返しがしたい。そのために学問に触れたい」と考え、大学に入りました。そのときから高齢者の幸せに目を向けていて、寿命と健康寿命が乖離しないように予防に取り組むことが大事だと考えていました。予防医学を学んだのちに、ロボット工学のゼミに入ったことを機に、ロコモティブシンドローム(加齢に伴う筋力の低下や関節や脊椎の病気、骨粗しょう症などにより運動器の機能が衰えて、日常生活に支障を起こしている状態)を予防するロボットの開発に携わるように。大学院では企業と協働し、介護施設で活用できるような、スクワットをサポートするロボット開発を手がけました。周りからのアドバイスや、一緒にやりましょうと言ってくださる方との出会いがあり、あれよあれよという間に大学院の博士課程までつながっていきました。
宮本:
素晴らしいですね。おっしゃる通り、要介護にならないためにどうすべきか、という予防の観点はすごく重要だと思います。
いとう:
両親を介護した経験もあり、寿命わずかのときまで、自分の足で歩いて生活できることがいかに本人にとって幸せかを実感しています。
宮本さんは新たな介護テック製品を導入されるだけでなく、共同開発を行うこともあると聞きました。
宮本:
製品を使っていると、「使いづらいな」「介護の現場や利用者の状態を知らないままにつくられているな」と感じることがあり、それをフィードバックとして伝えたことから開発に携わらせていただくことに発展したケースもあります。もともとは異なる領域の技術が、介護でも使えそうだという見込みで参入されるメーカーもいます。そこで、現場での実用性という観点でみた声を伝えることで、よりよい製品をつくっていただき、現場の生産性向上につなげてもらいたいと考えています。
「なんとしても自分の足腰で歩いてほしい」研究し続ける思い
――介護・福祉分野にかかわるなかで、介護テックの進化をどう感じていますか。介護テックの開発を進める上で、大事にしてきた考え方もあわせて教えてください。
いとう:
私がロボット開発を始めたときは、ちょうど父の介護が始まった時期でした。離れて暮らしていたので、何かあればすぐに駆け付けられるようにと簡易な見守りセンサーで何とか対応していたのですが、不安は尽きませんでした。今日は最先端のシステムを見せてもらい、ここまで進化しているのかと驚きましたし、データを取って、状態を予測しながら見守ることができたら、安心感が全然違っただろうなと思っています。善光会さんをはじめ、介護の現場や開発企業が苦労されてきたからこそ、この進歩があるんですね。
宮本:
介護業界は前例主義なところがあって、新しい仕組みの導入には、現場の葛藤を一つひとつ取り除きながら苦労したことも多かったです。ただ、当法人の基本スタンスとして、いろいろ挑戦してみようというカルチャーがあり、「誰もやったことがないのなら、自分たちで前例を作ってエビデンスにしていこう」と推し進めていくことができました。
でも、センシング技術やIoTの導入は、あくまでも手段。技術を生かすためには、それを活用できる人材がいなければ始まりません。私たちは、業界全体の人材育成のために2019年にスマート介護士という資格をつくりました。介護ロボットや介護センサーなどを活用して現場の効率化に貢献できる介護士としての認定になります。人材育成こそ、業界の大事な課題だと感じています。
いとう:
私がロボット開発という、未知の領域で学び続けることができたのは、「なんとしても自分の足腰で歩いてほしい」という思いがぶれなかったからだと思います。
普通に生活していたら、筋力が弱ってしまって、気づけば寝たきりに近い状態になっていた……という方も多いと思うんです。人生を幸せに全うすることをサポートしたい、という思いが開発の原動力になっていましたね。
宮本:
当施設は、すでに介護が必要になった方に入居していただいていますが、それでも、一人ひとりがその人らしく送る人生を謳歌してもらいたい。そのためにビジョンに掲げているのが「諦めない介護」です。介護状態になると、ご本人もご家族も「これができない」「ここにも行けない」と先回りして諦めてしまいがちで、私たちも、気を付けていなければ「ここまでできれば十分かな」と考えてしまうんです。
サービスとして大事にしているのは、そうした諦めのない施設にすること。技術を使い、利用者の状態をデータで予測することで、相手にあった適切な介護サービスを提供し、職員の業務負担を減らしていく。介護している人を支えることが、利用者も笑顔で過ごせる環境をつくっていくと思っています。
そして、私たちが作ってきた仕組みをモデル化し、全国の介護施設事業者に提供することで、10年、20年先につながる持続可能な現場を生み出していきたいです。
▼ プロフィール
俳優・研究者
株式会社マイカンパニー代表取締役
株式会社ライトスタッフ代表取締役
いとうまい子
1983年アイドルデビュー。現在は俳優として活躍する一方、テレビ番組制作会社の代表を務める。2010年、早稲田大学入学。修士課程では「ロコモティブシンドローム」予防のための医療・福祉ロボットの研究に携わる。現在は同大学院に研究生として所属し抗老化学を研究中。2021年に内閣府の教育未来創造会議の構成員を務めている。
社会福祉法人 善光会 理事/最高執行責任者/統括施設局長
株式会社善光総合研究所 代表取締役社長
宮本隆史
2007年善光会に入職し、2017年より現職。2023年に善光総合研究所を立ち上げ、代表取締役社長就任。介護現場視点の介護システムやデジタル人材育成プログラムの開発等を進めるほか、業界団体の役員、国・地方自治体の各種委員会の委員、規制改革推進会議医療・介護・感染症対策WGなどの政府会議に有識者としても参画。