Interview

ロボット介護機器の実証研究を紹介

超高齢化社会の今、介護分野の人材不足という課題に直面し、ロボット介護機器の需要は高まる一方、その本格的な普及はまだ十分でない現状があります。
ロボット介護機器には様々な用途のものがありますが、「コミュニケーションのできるロボット」は、介護施設のレクリエーションや、離れて暮らす家族の見守りとして大変有効であると言えます。
ロボット介護機器の開発・製造事業では、より有用で高機能な機器開発と介護現場への普及を目的として、機器の使用効果を検証するための実証研究が行われます。
今回、富士ソフト株式会社 プロダクト事業本部 PALRO事業部 二宮恒樹氏に、自社で開発したPALRO(人型コミュニケーションロボット)の実証研究と製品のあゆみについて語っていただきました。

実証研究の開始当初から現在まで

PALROは、2012年に高齢者福祉施設向けに販売を開始しました。
発売当初は実証を行うにも介護施設との接点が少なく手探りの状況でした。
そのような中、2013年に神奈川県「さがみロボット産業特区」の重点プロジェクトの一つとして採択を受けたことで、特区の支援のもと、各種実証を行うことが可能となりました。
最初は、神奈川県藤沢市に協力していただき、試行検証として、PALROを特別養護老人ホームや認知症グループホームなど介護現場23ヶ所に2週間ずつ貸し出し、有用性や可能性の検証と共に、介護現場のニーズや安全性などを検証し、開発にフィードバックをしながら進めていきました。
当時は、ロボット技術の開発支援として、経済産業省と厚生労働省が制定した「ロボット技術の介護利用における重点分野」(以下、重点分野)の中にコミュニケーションロボットが含まれていなかったため、その後も神奈川県にご支援をいただきながら、コミュニケーションロボットの適用範囲の拡大(介護度が軽度の方から重度の方まで)や重点分野の項目拡充(コミュニケーションロボットの追加)に向けて、被介護者に対する効果を示すエビデンス獲得を中心に、大学・研究機関や自社にて様々な実証を行いました。
その後、2016年度に日本医療研究開発機構(AMED)により実施された介護現場での「コミュニケーションロボット」の活用可能性に関する大規模実証調査1)を通じ、2017年に重点分野にコミュニケーションロボットが追加されて以降、開発や導入において国や自治体による公的支援の適用が拡大し、介護業界に普及させる上での大きな転機となりました。
現在は、介護報酬改定を見据え、国の目指す介護現場の生産性向上の実現に寄与するべく、効果を訴求するためのエビデンス獲得を目指し、継続的に開発・実証を進めています。
こうした開発・実証を通じて、ソフトウェアのアップデートに加えハードウェアの改良も行っており、現在は「PALRO ビジネスシリーズ 高齢者福祉施設向けモデルⅢ」を提供しています。また、2018年には在宅高齢者向けの「PALRO ギフトパッケージ」を販売開始し、高齢者分野における領域の拡大を図りつつ、進化を続けています。

実証施設との関係構築

当社のようなソフトウェア会社では、実証施設となる介護施設とエビデンス取得を行う大学・研究機関を一から探すのは大変困難であり、国や自治体の取組に参画させていただくことでネットワークを作り、実証先や協力機関を増やしていきました。
実証先については、PALROを初めて使用する施設の場合は初期設定や機器の取扱い方からフォローを行う必要が生じるため、実証のスケジュールや内容によって既存の導入施設にもご協力いただいており、既存導入先との関係性・体制作りも重要と考えています。
副次的な効果ではありますが、発売当初の2012~2014年頃は介護施設でロボットを活用するケースも少なかったことから先進性や話題性によりメディア露出も多く、結果として施設側のPRにも繋がることから実証に協力いただけた施設もありました。
実証を受け入れて頂ける施設もメリットが享受できることも重要な要素の一つと考えています。
製品特性上、見た目では使い方が伝わりづらい製品でもでもあるため、まずは確実に使っていただくことがファーストステップであり、効果が出た施設の事例を他に横展開しつつ、効果が出る条件を明確化していくことが重要であると考えています。

実証研究の成果を工夫して公開

ターゲットとなる高齢者福祉施設へ向けた実証成果の公開手段としては、自社のホームページを中心に掲載しています。
施設によってはウェブサイトよりも目に留まりやすいパンフレットやチラシをDMで送付し、ご案内しています。
 ホームページに載せている実証成果は、PALROの代表的な機能に紐づく効果を公開しており、例えば過去に大学・研究機関と実施したレクリエーションにおける効果や声掛け・促しの機能に対する効果についてエビデンスを掲載しています。
また、説明については、専門用語に偏らず分かりやすく噛み砕いた表現に言い回しを変えたり、英語論文には和訳の概要を掲載するなど、伝え方の工夫をしています。
一方、国や研究機関に対しては学術論文での訴求が有効であるため、協力関係にある大学・研究機関(主に医療・福祉系分野)の研究者と連携し、論文を執筆いただくなど対外発信をして頂いております。
特に医療・福祉系の学会で発表いただくことは、医療・福祉関係者にダイレクトに訴求し興味を持っていただくきっかけとなり、さらなる実証研究や導入に繋がりました。また、学術論文をきっかけに官公庁からお問い合わせをいただくなど、国への効果訴求にも繋がっています。

実証研究の成果を活かすために

発売当初から、介護施設の意見や様々な声を収集して、製品に機能を搭載致しました。
また、故障をはじめとする不具合のデータも事例を集めて分析し、ハードウェアを含めた開発にフィードバックするなどして機能拡充や安全性および有用性の改善につなげてきました。
活用方法が確立した機能については、医療・福祉系の専門家にご協力いただき、活用効果のエビデンスを得ることで機能の権威付けを行ってきました。
コミュニケーションロボットについては、製品特性上、定量的評価がが見えづらく、様々な評価指標を用いて多面的に分析を行いました。
実証成果を介護施設での導入につなげるため、施設種別や職種にあわせた説明を心掛けています。
例えば、医師やOT・PTなどの専門職の方には、論文や指標を用いて具体的な効果を指し示すこともありますが、現場スタッフには噛み砕いた表現でイメージが湧くように事例を中心に伝えるなど、成果の見せ方・伝え方はバランスが大事だと感じます。

実証研究の苦労や難しさ、モチベーション

実証結果の信憑性を高めるためには統計的なデータと分析が必要となります。
特に、国に効果を訴求するエビデンスとして用いる場合には、一定期間(6ヶ月〜1年)での比較や、対象者数の確保が必要とのご意見を頂いており、必要機材や実証にかかる人員の全てを自社でまかなうのはコスト面で難しい現実があります。
前述の通り、コミュニケーションロボットについては、製品特性上定量的効果が見えづらく、効果を訴求するためのアウトカムが明確になっていないことも課題となっており、今後基準となる指標を明確化するべく、厚生労働省のプラットフォーム事業2) のリビングラボを活用しながら実証や協議をすすめています。
実証研究に取り組むにあたり必要となる倫理審査に関しても、介護分野への新規参入企業にとっては馴染みがなく、容易に受けられない現状があります。
当社は、神奈川県「さがみロボット産業特区」や北九州市の国家戦略特区での取組みを通じてご支援頂いたためスムーズに取り組むことが出来ましたが、倫理審査自体に馴染みがない企業に対してサポートの拡充が必要であると感じます。
介護ロボットについて、普及拡大においてはまだ多くの課題を抱えていると思われますが、少子高齢化の進展に伴う介護人材不足対策の一つとして、介護の質の維持・向上や生産性の向上、高齢者の心身機能の維持・向上に寄与できると信じて開発や導入をすすめています。

【参考】