スイスから日本へ学びに来た研究者が見た介護テクノロジーの現在地 ——日本とスイスの介護、そしてロボット導入が開く未来への可能性
【Inna Barunina 氏 略歴】
スイス・バーゼル大学 客員研究員(Research Fellow)、経営学・経済学修士。研究テーマは、医療・介護分野における労働力不足、および高齢化社会や介護施設における新技術の導入。スイスと日本の比較研究を行っている。日本の介護テクノロジー導入における先進的な取り組みを学ぶため来日し、「Future Care Lab in Japan」(SOMPOケア株式会社)、「柏リビングラボ」(国立研究開発法人 産業技術総合研究所:AIST)、「Care Tech Lab」(株式会社善光総合研究所)の3か所を訪問。

人口減少と高齢化が進む日本では、介護施設等において、介護テクノロジーの導入が長年推し進められてきた。その取り組みに学ぼうと、スイス・バーゼル大学の研究員Inna Barunina氏(以下、Inna氏)が来日し、Future Care Lab in Japan、柏リビングラボ、Care Tech Labを訪問した。スイスもまた、高齢化と労働力不足という課題に直面しており、Inna氏はスイスと日本の比較を通じて、高齢化社会における介護施設のあり方を探っている。今回は、Inna氏にスイスの介護事情や、日本の取り組みへの率直な印象を、3施設での見学・意見交換を踏まえて語っていただいた。
1. スイスと日本の介護の違い
―― まず、Innaさんの研究内容と、来日の目的を教えてください。
私はバーゼル大学の客員研究員(Research Fellow)であり、現在は経済学部のロルフ・ヴェーダー教授(Prof. Dr. Rolf Weder)と共に研究を行っています。このプロジェクトは「イノベーション・センター・バーゼル(Center for Innovation Basel)」の支援のもと進められています。私の研究の中心は、医療・介護分野における労働力不足と、それに対してロボットや支援技術が人間の労働力をどのように代替、あるいは補完できるかという点です。具体的には、スイスの介護施設でフィールド実験を実施し、業務プロセス、人員配置、介護職員の負担、そして自動化の可能性などを分析してきました。現在は、日本とスイスの介護システムを比較し、両国の労働生産性や技術革新の進展スピードを推計するワーキングペーパー(作業論文)に取り組んでいます。
来日の目的は、スイスが直面している高齢化と介護人材不足の課題に対して、日本の成功事例に学ぶことです。日本は2012〜13年頃から介護テクノロジーへの国家的な取り組みを開始しており、10年以上の経験と実績を積み重ねてきました。今回は、Future Care Lab in Japan(SOMPOケア株式会社)、柏リビングラボ(産総研)、Care Tech Lab(善光総合研究所)の3か所を訪問しました。日本で得た知見や優れた取り組みをスイスの介護施設に活かすことが、今回の訪問の主な目的です。
―― スイスの介護の現状と課題について教えてください。
スイスでは、高齢化の進行と同時に、介護職員の深刻な不足に直面しています。介護サービスの需要が高まる一方で、資格を持ったスタッフの採用や定着は年々難しくなっています。介護の仕事は肉体的・精神的な負担が大きいことに加え、他産業との人材競争もあり、若い世代を介護の道へ引き込むことが課題となっています。現在、介護施設で働くスタッフの約15〜20%を外国人労働者が占めています。しかし、スイスでは全体として純移民数を抑制しようとする一般的な傾向があり、現在の純移民数はスイスの総人口の毎年約1%に相当する規模にとどまっています。
また、スイスはフランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、リヒテンシュタインと国境を接しており、多くの医療・介護従事者がこれらの隣国(特にフランス、ドイツ、イタリア)から国境を越えて通勤しています。しかし、介護の教育・訓練基準は国ごとに異なるため、受け入れたスタッフに再教育を施すための追加コストが発生しています。さらに、日常のコミュニケーションで現地の言葉が広く使われるため、外国人労働者にとっては言語の壁が追加の課題となり、高齢の入居者やご利用者との意思疎通に影響を与える可能性もあります。
―― スイスと日本の介護の仕組みには、どのような違いがありますか。
大きな違いの一つは、公的な介護保険制度の有無です。日本には国民全員を対象とした介護保険制度があります。原則として65歳以上で要介護認定を受ければ、わずか1割の自己負担でサービスを利用できます。これは本当に素晴らしい制度だと思います。スイスには、このような一元的な公的介護保険制度はありません。その代わりに、介護の費用は、義務化されている医療保険、個人の自己負担、そして公的支援(補助金)の組み合わせで賄われています。経済的な余裕がある人は自分で費用を負担しますが、資金が不十分な人には経済的な支援が受けられます。その結果、所得や資産に関わらず、必要な介護サービスへのアクセスは保証されています。
また、介護が提供される「形態」にも違いがあります。スイスでも日本と同様に、在宅ケアと施設ケアの二つが主な形態です。日本は「住み慣れた場所で、最後まで自分らしく暮らす」という在宅志向(エイジング・イン・プレイス)が非常に強く、施設への入所は最終手段と捉える人が多いようです。スイスでも在宅の価値は重視されていますが、高齢者施設はもう少しポジティブに捉えられている側面もあります。単に介護が必要だからという理由だけでなく、他の居住者との社会的な交流や、用意されたさまざまな活動を楽しむために自ら施設を選ぶ方もいます。こうした違いは、制度や家族の状況だけでなく、高齢化、自立、共同生活に対するより広い文化的な姿勢を反映しているのかもしれません。
また、日本が推進している「地域包括ケア」の考え方——家族、医療、介護、各種サービス事業者が連携して地域全体で高齢者を支えるという仕組み——は、スイスではまだ十分に整備されておらず、大変興味深い取り組みだと感じました。
2. 日本の介護テクノロジーとリビングラボへの印象
―― リビングラボを訪問した印象はいかがでしたか。
まず強調したいのは、スタッフの皆様のホスピタリティ、オープンな姿勢、プロフェッショナリズム、そして献身的な姿です。温かい歓迎、示唆に富むプレゼンテーション、そして知識や経験を惜しみなく共有してくださる姿勢に心から感謝しています。
また、テクノロジーを実際の介護現場に導入する前に、専用のリビングラボで検証を行うというアプローチは素晴らしい方法だと思います。医療や介護において、被介護者とスタッフの「安全」は常に最優先されるべきです。リビングラボという管理された環境で新技術を評価・洗練・検証することで、日常業務に導入する前の高い安全性を担保できます。
さらにリビングラボは、介護のプロフェッショナルが新しい技術に慣れ親しみ、デジタルスキルを向上させ、実務に導入される前に実践的な経験を積むための貴重な機会を提供しています。これはスタッフのトレーニングや継続教育を支えるだけでなく、現場における技術革新への信頼感や受け入れ体制を高めることにもつながるはずです。
―― 実際に施設で見学した介護テクノロジーについて、どのような感想をお持ちですか。
私個人として、見学したすべてのテクノロジーが革新的で、将来有望なものだと感じました。いくつかの技術はすでに実用性が高く、介護施設へすぐにでも導入できるレベルに達しています。
例えば、一人の介護職員で操作できる「移乗リフト」がその一例です。こうした技術は、スタッフの肉体的負荷を軽減し、職場の安全性を高め、より効率的なケアの提供をサポートする可能性を秘めています。
また、転倒時の怪我の重症度を抑える「衝撃吸収床」にも大いに感銘を受けました。比較的シンプルなアイデアですが、私はこれまで考えたことがありませんでした。イノベーションが必ずしも「複雑な技術」である必要はない、ということを示す好例だと思います。高齢者にとって転倒は、介護ニーズの増加、自立の喪失、生活の質の低下など、深刻かつ長期にわたる影響を及ぼすことが少なくありません。衝撃吸収床のような予防的措置は、入居者の安全と福祉に大きく貢献すると思います。
さらに、小型のサービスロボットも現場で非常に役立つと感じました。見守りシステムや各種センサーなどの技術も、安全性の向上、介護スタッフの支援、そして健康上の問題の早期発見において、大きな可能性を秘めているように思います。
一方で、「コミュニケーションロボット」に関しては、もう少し慎重に見ています。高齢者にとって人間同士の関わりは極めて重要であり、テクノロジーで代替できるものではないというのが私の考えです。しかし、人間のケアを「補完」する形であれば、コミュニケーションロボットにも大きな価値を見出せます。例えば、入居者に服薬の時間を促したり、シンプルな情報を提供したり、他のスタッフがすぐに対応できないときに短い会話の相手をしたりする場合です。人間同士の温かいふれあいを損なうことなく、高齢者をサポートすることができます。
総じて、私が見学したすべてのテクノロジーからは、高い創造性と技術的専門知識が感じられました。その背景には、並々ならぬ研究開発の努力の積み重ねがあることがはっきりと伝わってきました。

(Care Tech Lab訪問時撮影)
―― 日本の「リビングラボ」という仕組みについて、どのように感じましたか。
リビングラボという仕組みは非常に優れていると思います。実際の介護現場に近い環境でテクノロジーを評価・実証し、現場スタッフと開発企業が連携しながら改良を重ねていくというプロセスは、「使われるテクノロジー」を作るうえで不可欠なアプローチだと感じました。
スイスでは、介護施設でテクノロジーの実証研究を行う際、倫理委員会の承認取得や個人情報保護の観点から様々な制約があり、施設内での研究が容易ではありません。柏リビングラボでも、実際の介護現場に近い環境で研究・実証を行う取り組みを拝見し、こうした「ラボ型」の仕組みはスイスでも導入できるのではないかと考えています。

(柏リビングラボ訪問時撮影)
3. 日本の介護テクノロジーのスイス・欧州展開の可能性
―― 日本で製造される介護テクノロジーが、スイスや欧州で受け入れられる可能性をどのようにお考えですか。
可能性は十分あると思っています。スイスも今後15〜20年で深刻な労働力不足に直面することが明らかであり、介護テクノロジーへの需要は確実に高まります。日本は2012〜13年頃からこの分野への取り組みを始め、10年以上の経験と実績を積んでいます。この経験値は非常に貴重であり、スイスや欧州が日本から学ぶことは多いと思います。
ただし、課題もあります。まずコストの問題です。日本の介護テクノロジーのコストはまだ高く、普及のためには量産化によるコストダウンや、政府の補助制度の整備が必要です。次に、文化・制度的な適合の問題があります。介護の文化や、製品認証手続きをはじめとする規制の枠組みが日本とスイスでは異なるため、単純に技術を輸出するだけでなく、現地の実情に合わせたカスタマイズが必要です。また、スイスでは倫理委員会の承認など、新技術導入に際して厳格な倫理的要件があります。こうした要件は安全性と質を確保するためのものですが、一方で革新的な技術の導入をより時間のかかる複雑なプロセスにする面もあります。
さらに、ロボットに対する心理的な抵抗感も無視できません。スイスの介護スタッフの中には、ロボットに置き換えられることへの不安を持つ方も少なくありません。ただ私は、ロボットは人を代替するのではなく、人を補完・支援するものだという考え方を広めていきたいと思っています。日本の変革管理のアプローチ——なぜ変わるのかを理解することから始め、段階的に受け入れを促す方法——は、スイスでも応用できると感じています。
―― スイスではどのような介護テクノロジーが求められていると思いますか。
私の見方では、現在のスイスで最も求められているのは、介護スタッフの業務負担を軽減し、肉体的・事務的に負荷の高いタスクをサポートしてくれるテクノロジーです。スイスの介護現場におけるロボティクスの受容性はまだ比較的限られており、手作業による人間中心のケア(パーソン・センタード・ケア)が引き続き中心的な役割を担っています。
その中で、私は「AI支援による音声入力・記録技術」に大きな可能性を感じています。介護記録の作成や、医療保険会社への報告書作成、その他の行政手続きを簡素化できる技術です。介護スタッフの事務的負担を軽減できれば、その分、ご利用者と直接向き合うケアの時間を増やすことができます。
さらに、見守りシステムやセンサー技術も、安全性の向上や健康問題の早期発見に大きく貢献するでしょう。また、食事の配膳や資材の搬送を担うサービスロボットも、介護施設における業務負担の軽減と効率化に役立つはずです。
最後に、「情報通信技術(ICT)」は、介護の専門家、医療提供者、入居者、家族、その他の関係者間のコミュニケーションと連携を改善する上で、大きな可能性を持っています。例えば、電子介護カルテ、デジタルコミュニケーションプラットフォーム、遠隔医療サービス、そしてAI支援による記録システムなどが挙げられます。こうした技術は、情報共有を円滑にし、ケアの継続性を高め、より連携したケアの提供を可能にします。
4. 人材育成と今後の日本・スイス連携への期待
―― 介護職の人材確保・育成についてはどのようにお考えですか。
これは日本とスイスに共通する大きな課題です。スイスでは、介護の仕事は全般的に「負担の大きい過酷な職業」とみなされています。近年、報酬は改善されつつあるものの、若い世代はより良い労働条件やキャリアの見通しを求めて他の職業を選ぶ傾向があり、この分野に引きつけることは依然として難しい状況が続いています。スイスでは現在、介護職の専門的な社会的地位を高め、テクノロジーを活用することで、この仕事を「高度なスキルを要する、やりがいのある職業」として再定義しようと取り組んでいます。具体的には、看護・介護分野における学士、修士、博士課程のプログラムが整備されつつあります。私の知る限り、スイスの大学では、介護施設における介護テクノロジーの導入に関する最初の講座がスタートしており、介護セクターにおける技術革新の重要性の高まりを反映しています。
日本も同様の課題に直面していると理解しています。例えばSOMPOケア株式会社では、子どもたちを施設に招いて実際の介護の仕事が日々どのように行われているかを見せることで、幼い頃からそれが「普通の職業」であるという認識を育む活動を行っているそうですね。このような次世代への働きかけは極めて重要であり、スイスでもぜひ見習いたい取り組みです。
また、テクノロジーの導入においては、若い人が必ずしも新技術に積極的なわけではないというのが、現場を見ての発見でした。60代のベテランスタッフがより柔軟にテクノロジーを受け入れたというケースもあり、年齢よりも個人の姿勢や組織文化のほうが重要だということが示唆されます。研究者や支援機関が、現場スタッフの「変化への恐れ」を丁寧に解消していく役割を担うことが、普及の鍵になると思います。

(Future Care Lab in Japan訪問時撮影)
―― 今後の日本とスイスの連携についての展望を聞かせてください。
日本はこの分野において世界をリードしています。スイスも同じ課題を抱えており、一緒に解決策を模索できると思います。研究交流、共同プロジェクト、技術の試験導入など、様々な形での連携を進めていきたいと考えています。
今回の訪問は私にとって初めての日本訪問でしたが、日本の介護テクノロジーに対するアプローチの成熟度に深い感銘を受けました。私がスイスで真剣に取り組んできた多くの研究上の問いに対して、日本はすでに確立された答えを持っていました。その知識を共有できたことが、今回の訪問を非常に実りあるものにしてくれました。
日本の介護テクノロジーが欧州に広がっていくためには、技術そのものを輸出するだけでは不十分だと思います。日本が培ってきた「現場への導入ノウハウ」――すなわち、スイスの被介護者や介護スタッフのニーズに合った解決策を見つけ、現場からの評価システムを構築していくプロセス――を一緒に伝えることが同様に重要です。日本とスイスがパートナーシップを深め、世界の介護の未来を共に形作っていけることを心から願っています。
各介護ラボへの訪問の機会をいただき、そして貴重な意見交換をしていただき、誠にありがとうございました。皆様の温かいホスピタリティ、お時間、そして貴重な知見に心から感謝申し上げます。
