導入・活用インタビュー

介護テクノロジーの社会実装に向けて——アカデミアが果たす役割と、産学現場の連携がもたらす未来

介護テクノロジーの社会実装に向けて——
アカデミアが果たす役割と、産学現場の連携がもたらす未来

柴田 智広 教授 略歴
九州工業大学 大学院生命体工学研究科
日本ロボット学会 介護ロボット研究専門委員会 委員長。介護ロボットの社会実装を学問として体系化する「介護ロボット学」の確立を目指し、介護イノベーションの加速に心血を注ぐ。現場伴走型の実証研究やリビングラボ支援にも精力的に取り組む。

少子高齢化が加速する日本において、介護テクノロジーの社会実装は喫緊の課題だ。しかし、優れた技術が開発されても、介護現場で広く活用されるには至っていないケースは少なくない。こうした状況を変えるため、アカデミアはどのような役割を果たすべきなのか。九州工業大学の柴田智広教授は、工学だけにとどまらず、医療・福祉・経営・社会科学など多分野を横断した「介護ロボット学」の確立を目指し、産学・現場との連携に奔走している。今回は、介護テクノロジー分野のアカデミアの現状と課題、そして連携のあり方について率直に語っていただいた。

1. 介護ロボット研究専門委員会[※1]について

―― 介護ロボット研究専門委員会はどのような目的で設立されたのでしょうか

委員会の目的は、「介護ロボット学」という学問を確立することです。介護ロボットを社会に実装するための学問として体系化していくことを掲げています。従来のロボット研究は要素技術の開発が中心でしたが、それだけでは現場への普及はなかなか進みません。現場と制度、そして文化を含めた統合的なアプローチが不可欠だと考えています。 ただ正直に申し上げると、これまでの活動では「学問」として発展させるところまで十分に至れていなかった部分があり、今まさにそこに力を入れなければという焦りもあります。

2040年問題が待ち受けるなど、日本の介護は今後本当に厳しい状況になる可能性があるので、急がなければなりません。

[※1]「介護ロボット学」を体系化しつつ、イノベーションを加速することを目的として設立された組織
https://sites.google.com/view/rsj-ncr/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0


―― どのような研究者や分野の方が参加されていますか

委員会のメンバーはロボット工学やAIの研究者が半分、残りの半分は医療・介護・社会福祉・経営など異なる分野の専門家や現場関係者で構成されています。
具体的には、社会福祉士の方や元メーカーの技術者、市議会議員になられた方など、非常に多彩なメンバーが参加しています。
委員会のメンバーはロボット工学やAIの研究者が半分、残りの半分は医療・介護・社会福祉・経営など異なる分野の専門家や現場関係者で構成されています。具体的には、社会福祉士の方や元メーカーの技術者、市議会議員になられた方など、非常に多彩なメンバーが参加しています。

ロボット学者だけでは社会実装はできません。多様な知を結集することで、社会実装までを見据えた知の体系化を目指しています。


―― 委員会ではどのような活動が実施されていますか。

大きく二つの軸があります。

一つは学会活動として、日本ロボット学会の年次大会でオーガナイズドセッションを毎年開催し、現場事例や実証結果の共有・議論を行っています。この年次大会について、昨年度(令和7年度)はロボット学会員でない方も参加できる形にしたことで、介護現場や企業の方々が参加しやすくなりました。共通言語を持つことや文化を知ることがイノベーションの核心だと考えており、多様な参加者がお互いの世界を知る場として機能しています。

もう一つは研究会活動です。年2回以上、さまざまな分野の方を招いて深いディスカッションを重ねています。興味深いのは、ロボット学会の中でありながら、技術の話よりも社会実装や経営の話になることが多いという点です。この研究会では、「失敗」という言葉は使わず、すべての「経験」を学びとして共有するというスタンスを大切にしています。

2. 介護テクノロジー分野におけるアカデミアの役割と日本の強み

―― 介護分野において、アカデミア・研究者はどのような役割を果たしているのでしょうか。

研究者の役割は、単に優れた技術を作るだけではありません。特に介護分野においては、技術を社会に適合させるための設計原理を作ること、そして現場の課題構造を深く理解して評価・導入・運用までを見据えることが重要だと考えています。

また、アカデミアには「共通言語」をつくる役割もあると感じています。エンジニアは介護の専門用語がわからず、介護職員は技術用語に戸惑う。こうした断絶を埋めるために、相互理解を促す橋渡しをすることもアカデミア・研究者として私たちの大切な仕事だと思っています。

―― 現在、研究者の間ではどのような課題やテーマが注目されていますか。

「人間中心ロボティクス(Human-Centered Robotics)」、「Assistance as Needed」型支援、「データサイエンスを活用した客観的評価指標の開発」という部分が注目されています。「Assistance as Needed」型支援とは、支援を完全に自動化・固定化するのではなく、「必要な支援だけを行い、必要ではない部分はサポートしない」という考え方のことを指します。

さらに、社会科学的なアプローチとして、導入・運用プロセスの設計や人材育成、組織変革といったテーマも急速に重要性を増してきています。即ち、ロボット技術の性能だけではなく、「使われる技術」にするための仕組みづくりこそが、今まさに研究者でも問われているテーマです。

―― 日本の介護テクノロジーの特徴や強みはどこにあるとお考えですか。また、海外展開のためにはどのような取組が必要と考えられるでしょうか。

日本の最大の強みは、「課題先進国」であること、そしてその課題に対して長年向き合ってきた実証フィールドと経験値の蓄積です。介護保険制度の運用から25年以上、介護ロボットの取り組みも2012年から13年以上続けており、社会実装の経験値という意味では世界に先行しています。

一方で、日本の大きな課題は、優れた技術があっても事業化・ビジネス化につながらないケースが非常に多いことです。例えばヒューマノイドロボットの分野などにおいても、2000年代は日本が世界をリードしていたのに、今では技術的にもビジネス的にも周回遅れの状況です。

海外展開においては、介護ロボットの技術輸出だけでは不十分だと考えており、制度・運用・教育をパッケージ化して海外に提供する必要があると考えています。即ち、日本で社会実装に成功したモデルを、各国の実情に合わせてカスタマイズしながら展開していくことが重要です。そのためには、海外パートナーとの連携が不可欠ですし、AIやロボットを活用して少人数でも戦略的に動ける体制づくりも必要になってきます。

3. アカデミアと介護現場、開発企業との連携の意義・課題

―― アカデミアと介護現場、開発企業が連携することには、どのような意義がありますか。

三者の連携が揃って初めて「使われる技術」が生まれます。アカデミアは理論や評価方法などを提供し、企業は技術として具現化し、現場は実用性と運用可能性を担う。この三者が揃うことで、実際に介護現場で機能する技術の開発と普及が実現できます。

私が特に重要だと感じているのは、現場での実証を通じた「利用者参加型開発(パーティシパトリーデザイン)」です。現場の人が開発の初期段階から関わることで、ニーズとのズレが格段に少なくなります。また、現場が自発的にケアの維持・向上に役立つような介護ロボットを「広めたい」という推進者になってくれることが、普及のうえで最も力強い推進力になります。

―― どのような連携が求められており、どのような連携の事例がありますか。

私たちが取り組んできた「リビングラボ」はその好例です。現場での2〜3ヶ月の実証を通じて、施設スタッフ自身がロボットの効果を実感し、推進者になっていくプロセスを支援しています。ある施設では、通常2〜3ヶ月かかる導入のJカーブを1ヶ月で達成するという成果が出ました。

―― 連携を進めるうえでの課題はありますか。

最大の課題は「共通言語の壁」だと思います。共通言語については、エンジニアと介護職員が互いの世界を知らないまま対話しても噛み合わない。この課題に対しては、研究会や現場訪問を通じて相互理解を深めることが重要です。

―― 技術を介護分野に応用する際、企業が直面しやすい課題は何でしょうか。

企業側の課題として多いのは、現場理解の不足と、事業継続性の確保の難しさです。

現場理解の不足という部分では、「何を作ればいいかわからない」という声は今も多く聞かれます。また、業務改革にまで踏み込んで伴走支援するには、企業一社ではリソースが足りません。

事業継続性の確保の困難性という部分では、マーケットが顕在化していないために、事業として継続できるだけの収入の仕組みが整っていないことがあげられます。大企業は事業化に踏み切れず、中小企業は頑張っても報われない──この構造を変えるには、政府調達の仕組みや介護報酬との連動など、政策レベルでの支援が不可欠です。この点を政策担当者にも強く提言し続けているところです。

4. 介護現場・開発企業の方へのメッセージ

―― 介護現場や開発企業の方々へ、メッセージをいただけますか

介護ロボットは、単なる省力化の道具ではありません。ケアのあり方そのものを変える技術であり、一種の文化的革命です。重要なのは「技術を導入すること」ではなく、「ケアの質をいかに維持・向上させるか」という視点を持ち続けることです。

現場の方々へ
日本が培ってきた介護の現場は、世界に類を見ない実証フィールドです。「うちではロボットは無理」と諦める必要はありません。目をらんらんと輝かせて「これはいい」と語る現場の方の言葉が、一番強い普及の推進力になります。ぜひ、自分たちの経験を発信し、横展開の担い手になっていただきたいと思います。

開発企業の方々へ
現場の課題構造を深く理解することが、まず第一歩です。何を作るかは、現場とともに考えてください。また、一社一社が孤軍奮闘する時代は限界を迎えています。アカデミアや現場と連携し、共通の仕組みを作ることが、業界全体を底上げする道筋だと考えています。